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甲府地方裁判所 昭和48年(わ)177号 判決 1973年11月15日

被告人 望月錦光 外一名

主文

被告人望月錦光を懲役二年に、被告人若松政弘を懲役一年に、それぞれ処する。

被告人若松政弘に対して、この裁判の確定した日から四年間、その刑の執行を猶予し、その期間中同被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は、全部被告人若松政弘の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人望月錦光は、昭和四二年九月ころ、妻しげ子とその親たちの反対を押し切つて結婚し、同女との間に長男長女の二子があるが、被告人が日ごろから酒癖が悪いことなどのため夫婦仲が円満を欠き、けんかが絶えず、同女に対してしばしば暴力を振るい、これに堪えきれなくなつた同女が昭和四八年三月二九日長女(四歳)を連れて山梨県南巨摩郡中富町飯富二、二五番地の二の同被告人方を出たままその行方が知れなかつたところから、所轄警察署へ捜索願いを出すとともにチラシを自ら作成して配るなど八方に手をつくして探したものの、その行方が依然不明となつていたところ、同女の実父望月淡二(本件当時五九歳)が同女の居所を知りながらことさらに隠しているものと邪推し、無理にでも同人から同女の行方を聞き出そうと考え、「しげ子が東京で見つかつたから、連れ戻すため一緒に行つてもらいたい」などと嘘を言つて同人を自動車に乗せて前記被告人望月方居宅に連行し、被告人若松および水地薫、川口金男と共謀のうえ、

第一、昭和四八年五月四日午後九時三〇分ころから同午後一一時三〇分ころまでの間、前記被告人望月方居間において、望月淡二をとり囲み、同人が逃げ出そうとするや襟首をつかんで引き戻し、同家玄関等に施錠し、さらにロープで同人を後手に縛つた上、上半身を幾重にも縛り上げて同人の脱出を著しく困難にさせ、もつて被告人望月の配偶者の直系尊属である望月淡二を不法に監禁し

第二、そのころ、同所において、被告人望月が妻しげ子の行方を右望月淡二に対し抛拗に問いただしたのに、「知らんものは知らん」などといつて同女の行方を明らかにしようとしない同人の態度に憤慨し、同人の頭部、顔面、胸部、腹部および背部などを木刀、ウイスキー、瓶、ギターおよび手拳などで数回殴打または足蹴りするなどの暴行を加え、よつて同人に対し、安静加療約三週間を要する右第七肋骨皹裂骨折、後頭部挫創、顔面、頭部、背部、前胸部、右肘部および前腕部挫創の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

検察官は、被告人らの判示第一の所為が刑法二二〇条二項に該当し、同条項を適用すべきであると主張するのに対し、弁護人は被告人らの判示第一の所為につき、同条項を適用するのは、同条項が、憲法一四条一項の法の下の平等の原則に反する違憲、無効のものであるから不当であると主張するので、まずこの点について検討する(もつとも、刑法二二〇条二項が合憲であることは、最高裁判所の昭和三三年一〇月二四日第二小法廷判決で明らかにされているが、最高裁判所は、刑法二〇〇条につき、昭和四八年四月四日の大法廷判決で違憲であると判示したので、刑法二二〇条二項についても、あらためて検討を加えるものである)。

刑法二二〇条二項は、被害者と加害者との間における特殊な身分関係の存在にもとづき、二二〇条一項と同一の行為に対して刑を加重したものであるから、憲法一四条一項の意味における差別的取扱いにあたるというべきである。しかし、憲法一四条一項は合理的根拠にもとづく差別的取扱いをも禁ずる趣旨ではないことは、周知のとおりであるので、右取扱が目的および手段の両面において合理的根拠にもとづくものであるかどうかを検討する

ところで、当裁判所も前記最高裁判所昭和四八年四月四日大法廷判決多数意見がいうように、親族は互に自然的な敬愛と親密の情によつて結ばれていると同時に、その間おのずから長幼の別や責任の分担に伴う一定の秩序が存し、通常卑属は、父母、祖父母等の直系尊属により養育されて成人するのみならず、尊属は、社会的にも卑属の行為につき法律上、道義上の責任を負うのであつて、尊属に対する尊重報恩は社会生活上の基本的道義であり、人類普遍の倫理であると考える。そうだとすると、尊属の身体、自由に危害を加えるが如き行為は、一般に通常人に対する同行為より社会的道義的非難を受けて然るべきであり、被害者が尊属であることを犯情のひとつとして具体的事件の量刑上重視することは当然許されるものと考えられ、このことは、尊属に対する逮捕監禁行為についても同様であるということができる。したがつて、さらに進んで量刑上重視さるべき前記事情を類型化し法律上刑の加重要件とする規定を設けること自体、ただちに合理的根拠を欠く差別的取扱いであると断ずることは困難であるといわなければならない。

なお、「改正刑法草案」には尊属逮捕監禁罪の規定が削除されていることや、かつて尊属殺重罰規定を有していた国において近時廃止または緩和の傾向にあること、前記大法廷判決により尊属殺の規定が違憲とされ事実上適用されなくなつたことなどを考慮しても、それは、立法論は別論として、本件解釈につき結論を左右するものではない。

さらに、刑法二二〇条の規定内容をみると、その一項は、通常の逮捕監禁の罪を三月以上五年以下の懲役に処する旨、その二項は、尊属に対する同罪を六月以上七年以下の懲役に処する旨、それぞれ規定し、尊属逮捕監禁の方が通常の場合より長期において二年短期において三月それぞれ重くなつているけれども、その加重の程度は、それ自体著しく過酷不当なものといえないし、この程度の差別は、前記重罰規定の存在が認められる趣旨に照して、合理的な根拠を欠くものとはいえない。

以上のとおり、刑法二二〇条二項は、目的および手段両面において、合理的根拠を欠く差別的取扱いを定めたものとはいえないから、憲法一四条一項に違反するものとはいえず、被告人らの判示第一の所為については刑法二二〇条二項を適用すべきものと考えるので、弁護人の主張は採用できない。

そこで、判示事実に法律を適用すると、被告人両名の判示第一の所為は、刑法六〇条、二二〇条二項に該当するが、被告人若松については、被害者望月淡二が自己または配偶者の直系尊属にあたらないので、同法六五条二項より同法二二〇条一項の刑を科することとし、被告人両名の判示第二の所為は、同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、被告人両名とも所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人両名につき、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるので、同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし(ただし、短期は判示第一の罪のそれぞれの刑のそれによる)、その刑期の範囲内で、被告人望月を懲役二年に、被告人若松を懲役一年に、それぞれ処し、被告人若松に対し、情状により、同法二五条一項一号を適用して四年間その刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二、一項前段を適用して右猶予の期間中同被告人を保護観察に付し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、同被告人に全部負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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